内田樹先生「学ぶ力」について

僕が敬愛する教育者に内田樹(たつる)さんという方がいます。元々は大学教授ですが、いまは神戸市の方で道場の館長をしています。これまで何十冊も著書があって、ブログ(内田樹の研究室)にも大量に文章を書かれていますが、その中に、中学2年生の教科書用に書き下ろした「学ぶ力」というテキストがあります。今回はその文章の中からメインとなる部分をピックアップして紹介したいと思います。

―――――――――――

日本の子どもたちの学力が低下していると言われることがあります。ところで「学力が低下した」とはどういうことなのでしょうか。そもそも、低下したとされている「学力」とは、何を指しているのでしょうか。

「学力とは、試験の点数のこと」だと答える人がたぶんほとんどだと思います。しかし、ウチダ先生は「学力」は「試験の点数」ではないと言います。訓読みをしたら「学ぶ力」。これは「学ぶことができる力」、「学べる力」としてとらえるべきであり、数値として示して他人と比較したり、順位をつけたりするものではなく、個人的なものです。 「学ぶ力」は他人と比べるものではなく、個人的なものである。「学ぶ」ということに対して、どれくらい集中し、夢中になれるか、その強度や深度を評するためにこそ「学力」という言葉を用いるべきではないでしょうか。

その上で「学ぶ力」とはどういう条件で「伸びる」ものなのか。学力が伸びるためには大事なポイントが3つあります。

 第一の条件は、自分には「まだまだ学ばなければならないことがたくさんある」という「学び足りなさ」の自覚があること。無知の自覚といってもよい。これが第一です。
「私はもう知るべきことはみな知っているので、これ以上学ぶことはない」と思っている人には「学ぶ力」がありません。ものごとに興味や関心を示さず、人の話に耳を傾けないような人は、どんなに社会的な地位が高くても、有名な人であっても「学力のない人」です。

 第二の条件は、教えてくれる「師(先生)」を自ら見つけようとすること。
学ぶべきことがあるのはわかっているのだけれど、だれに教わったらいいのかわからない、という人は残念ながら「学力がない」人です。いくら意欲があっても、これができないと学びは始まりません。
ここでいう「師」とは、別に学校の先生である必要はありません。書物を読んで、「あ、この人を師匠と呼ぼう」と思って、会ったことのない人を「師」に見立てることも可能です。親でも友達でも、街行く人でももちろん構いません。生きて暮らしていれば、至る所に師あり、ということになります。ただし、そのためには日頃からいつもアンテナの感度を上げて、「師を求めるセンサー」を機能させていることが必要です。

 第三の条件は、「教えてくれる人を『その気』にさせること」です。
 こちらには学ぶ気がある。師には「教えるべき何か」があるとします。条件が二つ揃いました。しかし、それだけでは学びは起動しません。もう一つ、師が「教える気」になる必要があります。
 師を教える気にさせるのは、「お願いします」という弟子のまっすぐな気持ち、師を見上げる真剣なまなざしだけです。そのためには、どんなこともどんどん吸収するような、学ぶ側の「無垢さ」、師の教えることはなんでも吸収しますという「開放性」が必要です。

 「学ぶ(ことができる)力」に必要なのは、この三つ。まとめると、
 第一に、「自分は学ばなければならない」という己の無知についての痛切な自覚があること。
 第二に、「あ、この人が私の師だ」と直感できること。
 第三に、その「師」を教える気にさせるひろびろとした開放性。

 この三つの条件をひとことで言い表すと、「わたしは学びたいのです。先生、どうか教えてください」というセンテンスになります。数値で表せる成績や点数などの問題ではなく、たったこれだけの言葉。これがウチダ先生の考える「学力」です。このセンテンスを素直に、はっきりと口に出せる人は、もうその段階で「学力のある人」です。

 逆に、どれほど知識があろうと、技術があろうと、このひとことを口にできない人は「学力がない人」です。それは英語ができないとか、数式を知らないとか、そういうことではありません。「学びたいのです。先生、教えてください。」という簡単な言葉を口にしようとしない。その言葉を口にすると、とても「損をした」ような気分になるので、できることなら、一生そんな台詞は言わずに済ませたい。だれかにものを頼むなんて「借り」ができるみたいで嫌だ。そういうふうに思う自分を「プライドが高い」とか「気骨がある」と思っている。それが「学力低下」という事態の本質だろうと思っています。

―――――――――――

いかがだったでしょうか。なかなか辛辣な部分もありますが、「学ぶ」ということについてとても本質を突いた内容になっているのではないでしょう。ご興味がある方は、オリジナルのテキストがこちらから読めます。また、稲垣教育研究所にもウチダ先生の著作がいくつか置いてありますので、ぜひ読んでみてくださいね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です